いてらくにいるひと。

1985年11月
・網走郡美幌町の山奥に生まれる

・先祖は岡山県民 ひいひいじいちゃんとひいひいばあちゃんが開拓しに来る。元 金持ちの地主
・八代亜紀好きの父が、アイドル歌手「岡崎友紀」から適当に命名する
・畑作農家で、鮭が登る川の横に住む
・幼少期は野山を駆けまわり、自然が遊び道具
・母が浜中町(酪農)出身のため、幼い頃から釧路近郊へ度々訪問

 SATY(現 釧路町イオン)を見て、「釧路は都会だ!」と感動する

 

保育園

・初年 自主退園

 原因は、未だに教えてもらえていない

 当時から問題児だったようだ

・年長で復園する

 

小2 
・友人宅で椅子から落ちて頭を強く打つ
 それまではよく遊び活発な性格だったが、
 頭を打った衝撃により、現在の風格と落ち着きを身に着ける
・人の気持ちはなぜ移り変わるのか、
 万物は生まれたときから崩壊に向かっているのに、人々に危機感が生まれないのはなぜなのか
 ということに興味を抱き、日々を嘆くようになる

・猫好きはこのころから

 

小3
・ポエム、短歌の作成を好む
・ファッションのデザイン画を描き始める
 自身のデザインした服や雑貨とを中心とした、セレクトショップ経営を夢とする
 デザイン系専門学校への進学を親に志願するも、一蹴される
 こども電話相談室へ電話するも、年齢を言うと鼻で笑われ、大人と世の中に絶望する
・読書家で、~中3あたりまでは年100冊読破

 

小4
・STVラジオ 河村通夫桃栗三年 川柳で桃栗賞を受賞 賞品は桃の木
・小説、物語等 長文の執筆を始める

 

小5
・いとこからエレクトーンを習い始める
 ドラゴンクエスト序曲が演奏できるようになる

 

小6
・歌詞の形を意識した詩の作成を始める
 鼻歌程度のメロディーをつけ始める

 

中1
・合唱部入部 アルト担当
・生徒会に所属 副会長

 

中2
・生徒会に所属 書記長になる
 同期の会長をモデルにしたギャグ物語「会長の一日」執筆開始
・秋にアコースティックギターを購入
 「世の中に存在している曲には、自分の気持ちを100%表現できているものがない」
 まさに中2病にかかる
 最初に弾いた曲は、ゆずのサヨナラバス
・詩や川柳、短歌等発想のピークを迎える

 

中3 
・自身最高傑作「会長の一日」3部作 完成

 

高1
・ギターにてオリジナル曲の作成を開始 
・自室の壁に歌詞を書く。ついでに壁に穴を開ける

 

高2 
・バンドマンの彼氏の影響でL'Arc~en~Ciel、Do As Infinityを聞き始める
 バンドへの興味が出る
・図書室の本棚でマーケティングの本と出会い、経済学部を目指す

 

高3
・マーケティングが学べ、かつ軽音サークルがある釧路公立大学を受験

 

大1(2004年)
・大学進学を機に釧路市へ移住
・軽音楽サークル入部と共に、エレキギター、バンドを始める
・ギター弾き語り、オリジナル作成を本格的に開始

 

大2(2005年)

・この頃からエスニックファッションや古着に目覚める

 年をおうごとにコテコテエスニックになっていく

 

大4(2007年)
・道の駅スタンプラリー 完全制覇

 

2008年12月~2010年
・「多国籍雑貨屋 修行中」(ネットショップ、移動販売)開業
 雑貨市イベント「ZAKKA~にばる」 浪花町十六番倉庫で2回開催

 

2010年
・道の駅スタンプラリー 完全制覇(2回目)

 

2011年
・エスニック好きが高じ、ホームページ「北海道アジアン雑貨屋マップ」作成
 現在は放置

 

2012年6月
・「野外フェスがしたい」と思いつく

 

2012年10月
・「フィリピンマニラ洪水支援 エスニックチャリティイベント イテラク」開催
 かもめホール前にて快晴の中、念願の野外フェスを主催 数百人を動員する

 

2012年11月~2015年7月
・いろんなことがある

・年をおうごとにエスニック度が下がり始める

 

2015年8月
・迷子になって歩いていたところ、現在のいてらく物件前に辿り着く
 ノリと勢いで契約をする
・カンボジアへ旅行 初海外で1人旅

 

2015年9月
・税理士事務所を退職

 

2015年10月
・雑貨屋いてらく(移動販売)開業

 

2015年11月
・物件の工事、準備、デザインを手掛ける

 

2015年12月末
・「セレクトショップカフェバー いてらく」開店
 経験を生かして、雑貨屋、イベント企画を手掛ける
 経験はないが、料理にも力を入れている

 

2017年2月

・「スパイスバー&ざっかや いてらく」としてリニューアルオープン

 

現在に至る